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ミッセイ・ノート

2月3日 北海道新聞(夕刊)寄稿

「仏教をやる、ということ」ー幸せのヒント伝えたいー


(2月3日 北海道新聞 5面(夕刊)寄稿文より)


 最近、書店を訪れると仏教関連のコーナーが大きく展開されていることを、目にすることが少なくない。著名な文献学者が執筆したものや、話題の若い僧侶が柔らかく仏教の方法論を説いたもの、厳しい修行をおさめた老僧の説法集など、ジャンルや深度はさまざまであるけれど、ひとりの若い僧侶として、また仏教に「私たちの未来の可能性」をくみとろうとしている者として、その雰囲気に新しい風を感じる。
 「仏教は法事や葬儀の儀礼のみで登場するものではなく、ちょっとした生活の場面で『やってみる』ことで、ささやかな幸せのヒントになり得る」。私自身、24歳で四国霊場の住職に就任し、僧侶として活動を始めて以来、ウェブサイトでの連載や書籍の執筆、日々の法話でそのことを伝えようとしてきたし、これからもそのテーマは一生涯、続くものだと感じている。
 たとえば、古い仏典にある「他人が怒ったのを知って、それについて自ら静かにしているならば、自分をも他人をも大きな危険から守ることになる」(『ウダーナヴァルガ』第20章10)などの言葉は、身近な場面で「はっ」とする言葉、思考方法であるし、僧侶のみならず精神科医や科学者なども仏教の実用性や先進性に、言及することが少なくない。
 そのような内容をなんとか「ポップ」に明るく親しみやすく伝えたいと思い、デザイナーと仏教Tシャツやオリジナル数珠を制作したり、現代建築による斬新なデザインの「演仏堂」を計画し、昨年10月に無事、落成を迎えた。
 また「仏教」に話を限定せずとも、ここ数年、中高年が購読する雑誌や書籍などを中心にして、話題にあがることが増えてきたテーマがあると感じる。それは「死」についてである。
 さまざまな死生観、臨終観、人生の後じまい、具体的な葬儀のスタイルなどこちらも話題は多彩だが、必ずしも沈みきった暗い雰囲気のみを感じるばかりでなく、むしろなにやら大切なことに、私たちが気付き始めたようにも思える。
 戦後、日本人の多くは「生きる」ことに力を尽くしてきた。そして経済復興、バブル経済の中で「前へ前へ」進むことで、もしかしたらその先のどこかに究極の理想郷があることを無意識に夢見ていたのかもしれない。その中で見つめてきたのは、恐らく人間の「生」の側面であり、欲望の充足、拡大であった。しかし「今」という時代の中で、人々は敏感に感じ始めている。それは、「『生きる』という側面とともに、見つめなければならないものがある。それは、私たちが『死』を抱えていることだ」ということのように思われる。また、昨年ほどそのことを痛感せざるを得ない年はなかった。
 その時、私はある思想家の言葉を思い浮かべる。「動物と人間を分かつ要素があるとすれば、それは死者の儀礼を行うか否かである」|。古来、人間は神話や習俗の中で「死者」に向き合うことを忘れはしなかった。今、私たちが対峙しているさまざまな問題は、もしかしたら、私たちの「生」の中に「死」が欠落し始めていることに起因していないか。そういった警鐘のようにも聞こえる。
「『われわれは、ここにあって死ぬはずのもである』と覚悟をしよう。このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人があれば、争いはしずまる」(『ダンマパダ』6)
 仏典の中でも好きな言葉だ。「死を知れば、争いは静まる」この言葉に、むしろ智慧を見いだして、これから私たちが進む道を模索してみたい。
 住職になったばかりのころ、無我夢中の私を見かねて、先輩の僧侶が北海道のスキー旅行に誘ってくださった。ありがたくご一緒するはずであったが、前日になって先輩のお寺でお葬式の予定が入り、私は結局ひとりでニセコのスキー場に夜、到着した。初めての北海道に感激し、さっそくナイタースキーを試みたところ分ほどで足を捻挫し、数日間、なにもすることがなくなってしまった。
 そこで翌日、足を引きずりながら訪れたのが、イサム・ノグチ設計による「モエレ沼公園」であった。その時の感動を忘れることができない。自然の中で埋没することなく、また制圧することもなく隆起する人間の意志、そして心。整然とした雪の風景の中で、私は走りだしたくなるような興奮を感じた(足が痛く、実際にはぶざまに転んだだけであったが)。
 このような風景の中にも、私たちの「未来」へのヒントがまるで仏典のように提示されているのかもしれない。
(しらかわ・みっせい=僧侶)

しらかわ・みっせい 1977年、愛媛県今治市生まれ。四国八十八カ所霊場五十七番札所・府頭山栄福寺住職。高野山大を卒業後、書店に勤務するも、歳の時、同寺の先代住職だった祖父の後を継ぐ。昨年2月に刊行したエッセー「ボクは坊さん。」は約3万部を売った。

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